はじめに…

「グアテマラの弟」片桐はいり著は、繰り返し読んでいる1冊です。

読書感想

「グアテマラの弟」は、片桐はいりさんが、弟さんが暮らすグアテマラへ訪ねる旅へ出かけたことから始まるエッセイです。片桐はいりさんのご家族のこと、弟さんとの距離感が綴られています。
グアテマラで暮らす弟さんには、グアテマラ人の奥さんと連れ子である息子さんとの暮らしがあります。片桐はいりさんは、グアテマラでの人々との出会いやグアテマラの人々の様子やラテンの国ならではの暮らしに触れ、ふと日本での家族との思い出や両親の姿に思いを馳せていました。

そうだ。ここはラテンの国なのだ。自分の失敗も、他人の失敗も、都合よく忘れてくれる国なのだ。(「グアテマラの弟」本文より抜粋)

 

ぺトラさんはお母さんから、「美味しいごはんさえ作れば、人生たいていの問題は解決できる」と料理の手ほどきを受けたのだそうだ。(「グアテマラの弟」本文より抜粋)

 

神様からの恩恵にあずかって、わたしは今とても幸せに酒に良い、たばこを片手に世界の人たちと話を弾ませている。(「グアテマラの弟」本文より抜粋)

グアテマラでの暮らしに溶けこんでいる弟さんの姿を目の当たりにしつつも、片桐はいりさんご自身は日本とは勝手の違う暮らしに戸惑いつつも、弟さんの家での滞在を楽しんでいる様子が伝わってきました。

日本で暮らしていると少しでも貯金をしておこうと考えることが当たり前のように行われていますが、グアテマラでは少しの余裕があれば、誰かのために使うというような分業の精神があり、お手伝いさんを雇うという考え方があることにラテンの明るさだけではなく歩み寄りや助け合いのような精神を感じました。

シエスタの習慣はうらやましく感じつつも、やはりそこはラテン文化の成せる美徳のようにも思いました。また、グアテマラでの滞在中、片桐はいりさんが弟さんの家に出入りするグアテマラ人の男の子とのやりとりには心温まるものがありました。

最後に…

「グアテマラの弟」を読んでみて、グアテマラでの滞在中の話の合間には、日本でのご両親とのやりとりや思い出も綴られていて、単なる旅のエッセイではないところも魅力となっている1冊です。