はじめに…

毎年、年末にさしかかった時期に発売される森博嗣さんのエッセイシリーズが、とても楽しみにしています。

今作「つぼみ茸ムース」もタイトルからして森博嗣さんならではのユーモアを感じつつ、「つぼみ茸ムース」森博嗣著を読みました。

読書感想

「つぼみ茸ムース」は、これまでのエッセイよりも奥様について綴っている箇所が増えたように思いました。奥様がどうされているか、という詳細はわからないものの、日常の一コマの描写に奥様が登場することでエッセイの内容に親しみが倍増するような気持ちになりました。

ちょっとしたことでいらいらする人は、世間から「神経質」と呼ばれている。あまり良い称号ではない。けれども、神経質だからこそ、物質や環境の不具合を改善しようと働きかけるわけで、この性質は人類の発展にとってとても重要なものだ。特に、研究や開発に携わる職種は、いらいらしない人は向いていない。(「つぼみ茸ムース」本文より抜粋)

「つぼみ茸ムース」の中で森博嗣さんが述べられているものは、淡々と語られるものの、物事の本質に触れる内容ばかりで、言われてみれば、そういうものだな、と思うことばかりでした。

この「神経質」という呼ばれ方については、私自身が神経質なところがあり、たまに誤解を招くこともあることから、心にストンと落ちるような錯覚を覚える言葉でした。

犬は留守番をさせられても怒らない。飼い主が帰ってきたら、大喜びする。人間の子供のように拗ねたり、反抗したりしない。基本的に優しい。犬と生活すると、本当に心が洗われる。毎日学べる。こちらも優しくなれる。(「つぼみ茸ムース」本文より抜粋)

森博嗣さんのエッセイには、森博嗣さんの愛犬に関する記述が時々あります。そこからも、森博嗣さんが愛犬家であることが伝わってくるものですが、森博嗣さんは犬に関してはシェルティに限って好きなようだ、ということが「つぼみ茸ムース」を読むことで伝わってきました。

森博嗣さんは犬に関してはシェルティに限って好きなようだ、ということはさておき、犬と生活すると本当に心洗われるし、毎日学べることは共感しました。私の実家では犬が1匹いて、私も実家暮らしの時には、日々の暮らしの中で犬から学ぶことが多々ありました。

最後に…

森博嗣さんご自身があまのじゃくであることに触れていることは、これまでにもあったものの、今回の「つぼみ茸ムース」では、ご自身が他人に向けた優しさを持つ余裕が出てきた、というようなニュアンスのことも記述されていました。「つぼみ茸ムース」の内容の全体を通して、森博嗣さんの文章にどことなくまろみが加わったような印象を受けました。