はじめに…

Twitterのタイムラインで拝見する小池一夫さんのツイートの言葉に、元気づけられることや学ぶことが多々あったことから、これまでのTwitterでの小池一夫さんの投稿されたものを中心に掲載されているという「ふりまわされない。」を読みました。

読書感想

小池一夫さんによる「ふりまわされない。」は、ページを捲るたびに、小池一夫さんが生きてきた中で得た経験から導き出された言葉が、次々に目に飛び込んできました。

生きていると、どうしても好きになれない人がいる。その人が、たとえ親であっても、子であっても、誰であっても、人を好きになれない自分を責めることはない。しかし、相手を責めることもできない。

もう、心で付き合うことはあきらめて、頭で付き合うしかない。

嫌いな相手は、上手にあきらめるのだ。(「ふりまわされない。」本文より抜粋)

大人になればなるほど、嫌いな人、苦手な人という存在が、どこかにいるものです。小池一夫さんも、本分の中で、幾度か話題にされていたように思います。嫌いな人、苦手な人という存在を考えてばかりいる時間を不毛な時間だとわかっていても、考えてしまう自分がいて、その現状を打破するためにも、小池一夫さんの言葉には、どこか救われたような気持ちになりました。

「自分にないものを求めない」と決めると、人生はずいぶンラクになる。自分にないものを求める無駄な努力を、「自分にあるもの」をもっと高める努力に変えるのだ。努力の方向を間違えると、自分にあるものさえ消えていく。(「ふりまわされない。」本文より抜粋)

ついつい自分の身の回りにいる誰か、SNSで出会った誰か、の活躍であったり、才能だとかに少なからず嫉妬して、無いものねだりだったり、自分ではない誰かのことに心振り回されていることがままあります。そういう時ときこそ、冷静に心乱されず、自分にあるものに目を向けていきたいな、と思いました。

愛があろうがなかろうが、人を貶める言葉は相手の心を確実に傷つける。それが分かっていない人が増えた。そういう人に限って「俺は根に持たないタイプだから、今言ったことで終わりだから」なンて言ったりする。言われた相手はしっかり傷つきしっかり根に持っているンだよ。

言葉に鈍感な人は、心も鈍感。(「ふりまわされない。」本文より抜粋)

「言葉に鈍感な人は、心も鈍感」という言葉は、ストンと私の心に落ちてきました。顔と顔を合わせることなくコミュにケーションが取れるツールが増えたからこそ、心無い言葉というものがいかに他者を傷つけるかが認識しきれない人が増えたのかもしれません。

言葉と言葉が通じる人は、かなりの確率で心も通じる。言葉と言葉がかみ合わない人は、かなりの確率で心もかみ合わない。(「ふりまわされない。」本文より抜粋)

言葉と心の通じ合いは、本当に小池一夫さんが仰るとおりで、かみ合わない人というのは、本当に言葉も心も通じ合う、なんてことはないな、と思い当たる節がありました。

最後に…

「ふりまわされない。」を読んだことで、人との付き合い方であったり、言葉のもつ力、自分を大切にすることだとかを考え、見直すことが出来ました。

日々の生活の中で、誰かの言葉に傷ついてしまうことがあったり、なにかに思い悩むことがあるからこそ、小池一夫さんの言葉はどれも、人の心に響くやさしさを随所に感じるとともに、学びや気づきにもなりました。