少し前に「おいしいごはんが食べられますように」を読んだことがきっかけで、高瀬隼子さんの他の作品が気になっていた。先日、たまたま立ち寄った書店の店頭で、文庫化された「犬のかたちをしているもの」を見つけ、読んでみたくなった。
「犬のかたちをしているもの」は、ある日、主人公の薫が恋人から、コーヒーショップに呼び出され、その店内で恋人の隣に座る見知らぬ女性から「子どもをもらってくれませんか?」と言われたことから、薫の問いや選択が描かれていく。
変な沈黙。謝られると、許すか許さないか、選ばないといけないような気になる。
「犬のかたちをしているもの」本文より抜粋
許すとか許さないとかじゃないのに。許したって子どもは消えないし、許さなくたって郁也は消えない。
これは、恋人に呼び出され、ミナシロと名乗る見知らぬ女性を含め3人で話した後、ミナシロと2人きりで話すことにした時の薫の心中を描いているところだ。この描写の前に、ミナシロが「謝るつもりはなかった。」などと口にしているところなどは、読んでいて私もカチンとくるものがあった。そういう感情の揺らぎすらも、薫がミナシロに対する印象で”この人は、許されることに慣れている人だろうな”という言葉があったけれども、薫が抱いた印象そのものだったように思った。
この後、ミナシロからの提案によって、時々ミナシロと会うことになった薫は、ミナシロから聞く恋人の本音を知ったり、薫自身も恋人にすら話していないことなどをミナシロと語ったりする。
愛するって、こういうことなんだ、って分かった。ロクジロウはわたしより先に死ぬんだって理解した頃から、分かり始めた。誰にも感じたことのない深い祈るような感情が、自分の中にあった。
「犬のかたちをしているもの」本文より抜粋
この部分は、薫が恋人との出会いから現在に至るまでを振り返っているところで、かつて実家で飼っていた犬のロクジロウについて触れているところだ。このロクジロウへの気持ちは、恋人へ向けているものと同じ種類のものだと確信しているところでもある。
ミナシロさんが出産するまでの間、薫は子どもを貰うかどうかを考えつつ、明白な返事はしていなかった。けれども、子どもを貰うんだろうな、と感じられるような描写があったりもしたのは、田舎の両親や祖母の喜ぶ顔を想像するシーンにも結びつくからだった。
最終的には、ミナシロさんの出産後に、再び薫と会った時のミナシロさんの言葉にどこかホッとする自分がいたりもした。そういったところに、こうあって欲しい、というミナシロさんへの希望みたいなものが私なりにあったのかもしれない。
「犬のかたちをしているもの」を読んでみたら、女性ならではの問いと選択、葛藤や理不尽なこと、そして誰かへの愛情が描かれていた。